CoffeeWeb 日本一おいしいコーヒー
日本一のコーヒー!日本一美味しい究極の珈琲を求めて自作焙煎機で自家焙煎&ドリップ研究&コーヒー飲み歩き!
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理想の珈琲の定義 (3)
僕にとっての「理想の珈琲」に通じる四つの定義。
その第3の条件は、

<3>焙煎度はミディアム~シティの豆であること

です。

言うまでもなく、最適な焙煎度というものは珈琲の飲み方で大きく変化します。
レギュラー珈琲ならミディアム~フルシティ、ドゥミタッスとかエスプレッソとかダッチならフルシティやフレンチ、カプチーノとかアレンジコーヒーとかアイスコーヒーならフレンチやイタリアン辺りでしょう。

しかし結論から言えば、僕にとって、もし今「日本一美味しい珈琲」が目の前にあるとしたら、それは、100%レギュラー珈琲であり、かつ、99%間違いなく「ミディアムロースト~ハイロースト」です。
残りの1%は、豆によっては、ひょっとして「シティロースト」まで煎っても良いかも知れないと言う可能性です。
過去の珈琲経験や今までの流れ、自分の好みから類推して行くと、もうこの形しか想定できません。

普段はレギュラー珈琲でもフルシティやフレンチ等も飲みますし、自宅焙煎ではエスプレッソ用のフルシティやアイス用のイタリアン等を自分で煎る事もあります。
しかし、もし世界中の珈琲豆の中から、いざ自分の理想の珈琲を五つだけ選べ…と言われたら、まず絶対に間違いなく五つとも「浅煎り豆」になると思います。
なぜなら、僕の理想の珈琲の在りようを叶えてくれる最右翼「高級ティピカ種」の珈琲豆、その芳香味は、このうえなく非常にデリケートなものです。
ハイローストを超えて深く焙煎してしまうと大切な豆の持ち味の感動的なニュアンスや、せっかくの無類の芳香が、薄れたり、消えたりしてしまうタイプの豆種なのです。

その類まれなる「宝石」の如き感動的な芳香味を、100%大切に生かしきり、すべて余すことなく、隅々まで完璧に味わおうとすれば、これはもう絶対に「浅煎り」しかあり得ません。
僕の場合は、それをネルフィルターでやや薄めにドリップする事で、「日本一おいしい珈琲」へと確実に近づいて行く道筋が見えて来るのです。

ただ、高級ティピカでも豆によっては「フルシティ」や「フレンチ」辺りの中深~深煎りで、浅煎りの時とはまったく別な魅力を披露してくれる豆もあります。
ただ、それはそれで素晴らしい美味なのですが、やはり僕が探し求めている味ではないと感じます。

なぜなら、深煎りになればなるほど、その味は「豆の味」ではなく、「焙煎の味」になってしまいます。
焙煎とは豆の持ち味を引立てるための存在であり、焙煎による味がせっかくの絶品豆の持ち味を「上書き」してしまうのでは、本末転倒だと思います。
ですから、例え高価なオークション入賞豆などであっても、焙煎がフルシティロースト以上の深煎り豆にはあまり食指が動かず、期待も湧きません。

まれに、「珈琲が好きな人ほど深煎りを好むものだ」などと嘯く人がいます。
しかし、その「珈琲が好きな(はずの)人」の飲み方を見ていますと、「おいおい」と言いたくなるほどクリームと砂糖を驚くほどどっさりと大量に入れて飲む人だったりします。

確かに、それほど大量のクリームと砂糖を入れる前提なら苦味の強い「深煎り」が合うとは思います。
と言うより、もう「真っ黒」に近くなるまで深くローストした超深煎り珈琲しか合わないでしょう。
しかし、果たして本当にそれで良いものなのでしょうか。
試しに、そう言う人に珈琲の話題を振ってみますと「ほとんど珈琲について何の知識もない人」だったりします。
本当に好きな対象の事を「ろくに何も知らない」と言うのは実におかしなことです。
つまり、その人は真に珈琲が好きなのではなく、実は、単に「甘くて美味しい飲み物」なら何でもいい人なのだと思います。強い甘みの受け皿として深煎り珈琲の強い苦味は大変都合がいいので、珈琲を飲む時は「深煎り」を指定するようになっただけなのでしょう。

実際、深煎珈琲をブラックで飲むと、明らかに「沢山のものが欠落した片寄った味」である事がよく判ってしまいます。
生の珈琲豆が持つ本来の成分は、浅煎りではしっかり多く残ったままですが、深煎りになるほど成分はどんどん薄くなり残らないのです。例として深煎りより浅煎りの方がはるかにカフェインが強い事などは常識です。
よく「浅煎り珈琲は風味の抜けが早いが、深煎り珈琲は風味が長持ちする」と言われますが、それは深煎りの風味と思っている物が実は豆その物の風味ではなく、焙煎による風味だからです。
豆の成分は揮発しやすいですが、焙煎により生成された焦がし風味は揮発しにくいと言うのが「深入り珈琲は長持ち」の種明かしです。
つまり、それだけ深煎り珈琲は、風味の大部分を焙煎風味が支配していると言う事です。
深煎りは、もしブラックで飲むなら「低温抽出のドゥミタス」のような特殊な淹れ方にしないと難しいと思います。

もちろん僕も珈琲によっては砂糖やクリームを使います。
しかし、それらを使う時は、主に飲んでいる珈琲が「ブラックで飲むにはまず過ぎる」時だけです。
最初に1~2口飲んで、無意識のうちにすぐに砂糖やクリームを入れてしまう事もありますし、逆に甘い珈琲が飲みたい気分だったのに1~2口飲んだらあまりにも美味しいので、わざわざ用意した砂糖やクリームの存在を忘れて、ブラックのまま夢中で飲み切ってしまう事も少なくありません。

実際、90点以上の極上珈琲を飲んでいる時に「試しに」クリームや砂糖を少しだけ入れてみたりしますが、ほとんどの場合、せっかくの90点以上の美味が「ぶち壊し」の「台無し」になります。
なぜなら、本当に素晴らしく真に美味しい極上珈琲になればなるほど、既に味は「いじりようがない」完全無欠の高いレベルで完成しているからです。
そんな「完全体」の味の中へ、後から異物である砂糖やクリームの入り込む無駄なスペースなどある訳が一切ありません。
つまり、少なくとも僕の場合は、本当に高いレベルで美味しい珈琲を飲んでいる時は、クリームや砂糖の存在は視野にも入れたくない「邪魔者」以外の何者でもないのです。

焙煎から日が浅く酸味が暴れたり、舌に付く渋みや強い苦味などがある激マズの劣悪豆や焙煎失敗豆も、多めにクリームと砂糖を入れて飲むと、脂肪のまろやかさが渋みや酸味を包み込み、砂糖の甘みが強すぎる苦味の程よい受け皿となって意外なほど美味しく飲めるようになるほどですから、クリームと砂糖の効用の素晴らしさは認めます。
しかし、むしろ逆に言えば、無意識のうちにクリームと砂糖を入れたくなるような珈琲は、そもそもあまり高いレベルにある珈琲ではないのだと思います。

すべての豆は深く煎れば、深く煎るほど、どんどん「豆の持ち味」は消えて行き、最後は全部の豆が同じような「ただ苦いだけの珈琲」に行き着きます。
ほとんどの場合、深煎りすればするほど、わざわざ「豆の魅力や個性を殺している」事になりかねません。
ただ、あえて言えば「マンデリン」「トラジャ」「ケニア」辺りの深煎り豆は、適量の砂糖やクリームを入れる事で、ブラックの時とは全く異なる優れた魅力を披露してくれる事もあります。
そういう珈琲は、ちょっとした気分転換や疲労回復のための甘い飲み物としては大変良いのですが、しかし、少なくとも僕の場合は、それらの砂糖やクリームを入れた珈琲はどんなに美味しいと思っても、点数に換算すると、やはり最高でも「70~75点」止まりです。

いざ「90点以上の最高クラスの極上珈琲」をじっくりと腰を据えて100%純粋に堪能したい気分の時には、選択肢にさえ上がらない、全くお呼びでない珈琲なのです。
ですので、少なくとも、日夜、100点満点の完璧な超絶珈琲を希求し彷徨し続ける「真の上級珈琲マニア」にとっては、クリームや砂糖を入れたくなるような珈琲は、明らかに別用途の存在であり、まったく興味の対象外に位置する珈琲だと思います。

ちなみに、どのような「クリームや砂糖」を使っているかで、その珈琲店のレベル、もしくは、珈琲マニアとしての程度が正確に把握できます。
僕は、生クリームは「高梨乳業」(神奈川県横浜市)の「純生クリーム42%」しか使いません。
高品質の濃厚なミルク感にあふれた完全無添加の逸品で、真に味が判る人には絶対のお薦めクリームです。というより、事実上、真の珈琲マニアが愛用できる「唯一」のクリームでしょう。
たまに売切れの時があり、仕方なく同社の「35%」を買う事もありますが「42%」に比べると明らかに水っぽく、ミルク感がひ弱に感じられてしまいます。
また、最上位には「47%」の物もあり、これはまさに究極の生クリームで、どんなに濃く、どんなに重く、どれほど苦い珈琲でも、軽々と包み込み、きめ細かな極上のビロードのような飲み心地に仕上げて、喉へ滑り込ませるパワーを秘めています。ただ、さすがにクリーム感が勝ちすぎる事と、売っているスーパーマーケットも極めて限られてしまい、残念ながら僕の生活圏では売られていません。

他にお薦めは「中沢乳業」(東京都港区)のフレッシュクリーム45%がありますが、濃い割に風味があっさりし過ぎていて珈琲に使うにはミルクの濃厚風味がやや物足りないです。
ただ、中沢乳業は、洋菓子業界では指名買いされるほど非常に有名で、もともとその上品でクセがなく洗練された風味は洋菓子向けに作られているのでしょう。

純正フレッシュクリームは、要冷蔵であるうえ振動が厳禁ですので通販は不可であり、身近な自分の生活圏の中で購入可能な6~7種類を試しましたが、「まとも」なクリームはこの二社だけでした。
ただし、いずれも完全無添加なので、長くても一週間程度しか日持ちせず、室温に置いたり強く揺すったりすればすぐ駄目になります。だからこそ本物の「100%純正クリーム」の証明な訳ですが。
また、賞味期限内であっても、一日毎に15~20%位ずつクリームのフレッシュな芳香やミルク風味は確実に劣化します。牛乳やバターもそうですが、発酵食品であるチーズや一部の発酵バターを除けば、ナマの乳製品というものは想像以上に「新鮮さが命」なのです。
牛乳もクリームももし出来るのであれば、買ったその日に即開封して一日で全て使い切りたい位に、空気による乳成分の酸化や風味の劣化が激しく起きてしまいます。

そして、他社のクリームは安価な増量剤と添加物と保存料だらけで、全くの「論外」です。
特に植物油脂タイプの製品は「最悪中の最悪」、ぜひ一度「それだけ」を飲んでみて下さい、まるで無機質な「白い絵の具」に低級油と添加物と塩を混ぜただけのような激酷不味で、思わず吐き出すほどの最悪のまずさです。
わざわざ珈琲を「激マズくして」飲んでいる事がよく判ります。
加えて、訳の判らない添加物だらけで、珈琲に全く関心のない一般人なら何も感じないのかも知れませんが、珈琲に一家言あるマニアなら「目の仇」にしたくなる代物でしょう。

砂糖は、当たり前ですが「グラニュー糖」を使っています。
常識ですが「黒砂糖→三温糖→上白糖→グラニュー糖」の順で、不純物や雑味がなくなり甘みが上品でピュアになります。
ミネラル豊富な「珈琲シュガー」とか名乗る茶色い大粒結晶タイプのものや、天然の甘みなどと言う「未精製糖」なども売られていますが、ミネラルが豊富とか未精製とか言う事は「雑味が豊富」と言うことです。
特に未精製糖は糖度が低いため甘みは貧弱で、口解けにザラザラとする異物感があり、全く珈琲に合いません。
要は、味の判らない人用に「見た目重視」なだけで、味はくどくて野暮ったくて鈍重で論外、珈琲のピュアな味にこだわる人が使うものではありません。
中には有害なカラメル色素で茶色く人工着色しているものも少なくありません。

珈琲との相性やおいしさ的には高品位で純粋な甘味のグラニュー糖が一番優れているのです。
実際に一度でもグラニュー等の高品位で純良な甘みに慣れてしまうと、上白糖の甘みでさえ粗野で不純で力不足で、全く物足りなくなります。
では、なぜ、わざわざ珈琲店などで「珈琲シュガー」や「未精製の粗糖」がお薦め品として売られているのかと言えば、これはもう、当たり前ですが「無知な客を騙して余計に儲けるため」以外の何物でもありません。

なぜなら、グラニュー糖を普通にスーパーマーケットで買うと1キロで250円程しかしないのです。
珈琲店としては、せっかくの客にそのような安い砂糖を使われてしまっては「店としては全然儲からない」「商売として全く旨みがない」訳です。
ですから、何だかんだともっともらしい偽計や虚説を捏造し、客の無知さと虚栄心に付け込んで、「不純物入りの低級糖の方が珈琲に合う」とか「茶色く人工着色した砂糖を使うのが通だ」などと驚くべき虚説を信じ込ませ、驚くほどの暴利を乗せた信じ難い値段で「着色糖」や「未精製糖」を高く売りつけている訳です。

実際、珈琲店で売られている「珈琲シュガー」や「天然の粗糖」はグラニュー糖の「3~10倍もの値段」がします。
しかし、着色料のカラメルでちょっと薄く色付けしただけの珈琲シュガーの原価などグラニュー糖とほとんど同じなのですし、不純物だらけの低精製糖や未精製糖に至っては、和三盆などの特殊な物を除けば、逆にもっと遥かに安い原価のはずなのです。
ちょっと考えてみれば判る事です。それなのにやすやすと店の口車に乗せられ、わざわざそんな不味い物を「3~10倍もの値段」で買って喜んでいる人がいるのですから、何とも信じられない世の中です。

客を「鴨」としてしか見ていない悪どい珈琲店は、「無知な客」や「騙せる客」に対しては、珈琲豆で騙すだけでは飽き足らず、二重、三重に、砂糖やミルクや器具類でも徹底して騙しにかかって来る顕著な傾向があります。
ですので、やたらと「植物性クリーム」や「未精製糖」や「原料糖」を熱心に売り込んで来る店は、その店で売っている珈琲豆の品質や焙煎法もかなり疑ってみた方が良いと思います。

また、ローカロリーなどをうたい文句にしている「アセスルファムK」などの人工甘味料も出回っています。
しかし、これらの人工甘味料は、明らかにイミテーション的な極めて不自然で擬似的な甘味で、ほとんど拷問級の不味さなうえ、僕は吐き気がしたり気分が悪くなったりして、身の危険さえ感じてしまうほどでとても使えません。

それから、アイス珈琲用の「ガムシロップ」も市販の安いポーションタイプは明らかに不味いです。
少しでもコストを下げて利益を増やすため、砂糖より3~4割も激安の「異性化液糖」が原料なのですから、不味いはずです。メーカーは「どうせ一般人に甘みの違いなど判らないだろう」と客を舐めているのです。
僕は炭酸水とグラニュー糖を使って、自分で「自家製シロップ」作って使っています。一切の混じり気のない光沢感のある上品な甘みは想像以上に「絶品」です。

以上、もし珈琲マニアの端くれを名乗る人なのであれば、珈琲に入れるクリームと砂糖についても、最低限この程度のこだわりは持って欲しいものです。
同様に、真剣に美味にこだわる珈琲店であれば、当然にこれらの必須アイテムは全てクリアしているはずです。
もし、数々の高級豆や本物へのこだわりを謳っていながら、一つでもクリアしていなければ、単なる「口先だけの欺瞞店」と考え、選択肢から外すべきです。

少なくとも僕の場合は、そんな店で飲むより、家で飲む珈琲の方が「遥かに本物の味」なのです。


さて、僕は理想の珈琲として「ミディアム~シティ」を推奨している訳ですが、とは言え、自家焙煎珈琲店としては「浅煎り」だけに特化したお店が良いというものでもありません。
実際、僕の過去の経験からは、「真に美味しい珈琲店」になればなるほど懐が深く広くなる傾向があり、珈琲豆の産地や価格帯もいろいろと均等に揃い、そして焙煎度合いについてもおかしな偏執や一方向への特化などは一切していないものです。

逆に、扱っている豆が「ある傾向に偏っている」、「商品数が少ない」、「焙煎度の幅が狭い」などのお店は期待薄です。そのような店で真に美味しい珈琲に当たった経験はほとんどありません。

参考までに申し上げますと、現在、僕が「おそらくこの三店が日本のトップスリーに間違いないだろう」と思っている自家焙煎の名店があります。
その三店は、他の多くの凡庸店とは次元が違いすぎ、あまりにも突出した珈琲の美味しさを誇り、まさしく神憑りの焙煎であり、自宅焙煎派の僕にとって「雲の上の存在」です。

当然、その三店は「直火式焙煎機」を使用しているのですが、「浅煎り、中煎り、深煎り」のいずれもとても重視しており、実際、「すべて非常に得意」です。
一つ、二つの「何かが得意」なのではなく、珈琲焙煎の「すべてが得意」なのです。

ただでさえ扱いの非常に難しい「直火焙煎機」で、「浅煎り、中煎り、深煎り」のいずれも見事にこなしてしまうのですから、店主さんはそれだけ類まれなる卓越の才能を持つ人なのでしょう。

また、浅煎豆の抽出で僕が一番気を使うのが、いかに「酸味」(Acidity)を上手く抑えるかと言う事です。
浅煎りだと酸味があるのが当然と考えている人が多いですが、酸味が前面に出しゃばるような珈琲はすべてが台無しです。
どんな珈琲においても主役は「香り」と「旨み」と「甘み」であり、浅煎りにおいても例外ではありません。

スペシャルティ珈琲を「錦の御旗」として天高くに掲げ、単にスペシャルティ珈琲を仕入れただけでまるで「天下を取った」かの如く息巻き、スペシャルティ珈琲の品質を盲信、妄信、盲進、盲審してやまない「自称・自家焙煎店」の多くが、珈琲のことを語り始めると二言目には決まって、すぐ「珈琲は酸味が大切だ」などと口に出します。
中にはカッコ付けて「酸味」と言わずに、「酸」とか、「アシッド」などと言う「自称・自家焙煎店」も居たりします。

僕は浅煎り珈琲が好きですので、珈琲の飲み歩きをしていてもよく浅煎りを飲むのですが、しかし、それら「酸味自慢」のお店のほとんどの珈琲の「酸味」は、「未完成のすっぱさ」と言うのか、「焙煎が下手なため中途半端な状態で残ってしまったすっぱさ」にしか感じられない、何ともお粗末で低レベルな酸味ばかりです。
もともとそれらの自家焙煎店は、目指しているものが「ウェルバランスの美味しい珈琲」ではなく、単に「酸味を認識できる珈琲」であればいいと考えているとしか思えないフシがあります。
結果として、「酸味は確かに出ているけど、だから何?」と言うレベルの珈琲にしか仕上がらないのでしょう。当然、一切の感動も驚きも何も起こりません。

ただし、極稀にですが確かに「優れた美味しい酸味」を持つ浅煎り珈琲にも出合います。
そんな時は、「なるほどこれは上手な浅煎りだ。全く生焼けの青臭さや嫌な渋みがないのに、ここまでパーフェクトに美しく整った酸味を際立たせて出せるとは凄い焙煎技術だな」と感心することもありますが、それでもやはり、「きれいな酸味」以外の殆どの味が全然出せていないケースばかりでした。

そして、珈琲と言う飲み物に対し、「酸味」をメインに据える事に何の意味があるのかと、いつも疑問に思うのです。
もしも、飲み物に対しフルーツや花のようなハイクオリティな酸味の美味しさ強く求めるのなら、最初から生搾りのフレッシュフルーツジュースやハイビスカスティーを飲めば良いと思えてならないのです。
実際、「酸味の美味しさ」だけで判断するなら、「ハイビスカスティー」の方が100倍以上もハイクオリティな酸味が毎回安定して楽しめます。しかもスーパーで普通に安く売っているティーバツグのハイビスカスティーを「自宅で適当に淹れただけ」でです。

実際に、僕が過去に一口目からいきなり身動きできなくなるくらいに心の琴線を鷲掴みにされた「90点以上の超極上の浅煎り珈琲」達は、全て「香り」と「旨み」と「甘み」の三本の柱を中心に、他の多くの細かな味もきれいに出揃っていてきちんと「珈琲として完全体の味」「完成形のウェルバランス珈琲」に仕上がっていたものです。
それでいて確実に浅煎りにしか出せない「明るく繊細で高貴な香味」に仕上がっていたものです。

浅煎り珈琲は「酸味がキーテイスト」は断じて大間違いです。くれぐれもご注意下さい。

また、意外と味を大きく決定するのが「ミルの粒度」なのです。豆を変えたら、ミルの目盛りもいろいろ調整して必ず4段階位は試してみて最適の粒度を見つける事が大切です。
いろいろ工夫して何回抽出してもなかなか上手く行かなかった豆が、ミルの粒度を変更しただけで一気に解決する事もあります。

そして、ミルのタイプは、安い「プロペラタイプ」は完全に論外として、にぶい臼状(コニカル)の「歯」で豆をにじり潰してしまう「すり潰しタイプ」ではなく、鋭利な「刃」できれいに切り揃える「切削タイプ」のミルを使う事を絶対にお薦めします。
重要なポイントとして、鋭利にとがったギザギザの「刃」で爪を削れる位にシャープな刃先のミルをぜひ選ぶ事です。
そしてくれぐれも「ミルにだけは金をかけるべし」です。それだけの「見返り」が必ずあります。

世の中で最も多く出回っている2000~3000円程度の安い手動式ミルや5000~6000円程度の安物の電動式ミルは、全て「小さな鈍い臼状の歯で豆をにじり潰す」タイプです。
そのせいか、「自称珈琲マニア」の中には、鋭利にとがった切削型の「刃」タイプを搭載する高性能ミルの存在すら知らない人もいたりして、その無知ぶりに驚かされます。
しかし、それら「臼型の歯」のミルは、豆を狭い隙間の中で圧縮しながら「にじり潰す」感じになるため、珈琲を淹れても「全体が微粉」のような、極めてぼやけた不鮮明な味になってしまいます。
それはまるでひどい近視の人が眼鏡をかけずに風景を見るようなイメージです。これではどんな見事な風光明媚の景勝地でも全く台無しでしょう。

また時折、ミル選びにおいて「どんなミルにもそれぞれ良さがある」とか「デザインや色で自分好みのミルを選べばいい」とか、とんでもない誤った寝言を大得意で進言している「自称・珈琲専門店」もあったりして、その驚くべき無知・無能・無責任ぶりに暗澹とさせられますが、現実には「ミル選び」こそが僕達の珈琲ライフの成否を想像以上に大きく劇的に左右する「最大の鍵」なのです。
現実に、ミルは「どのミルを使うか」で貴方のその後の珈琲ライフのクオリティや方向性までもがほぼ強制的に決定させられてしまうほどの「運命の最重要アイテム」なのだと心得て下さい。
ズバリ、美味しい珈琲を目指す自家焙煎店にとっては「焙煎機の性能」こそが生命線であるように、美味しい珈琲を目指す珈琲マニアにとっては「ミルの性能」こそが生命線なのです。

僕は過去にカリタ製の電動ミルを中心に9台を遍歴して来ましたが、現在は「カリタ・ハイカットミル」をメインで使っています。

このミルの最大の美点は、後で詳しく述べますが鋭利な切削刃で豆を縦にも横にも切って、きれいな「さいの目切り」に出来る事です。
初めてこのミルで挽いた珈琲を飲んだ時は、珈琲の香りや味の鮮明度が信じられない位にアップし、その颯爽と整い切った端正な美味に「ミルでここまで大きく味が変わるのか」と非常に感動してしまいました。
「均一に粒度を揃える」という事が想像していた以上に味に決定的に影響する事実を激しく痛感するとともに、同時に「なぜもっと早くこのミルを買わなかったのか…」と大いに悔やんだものです。

最初、ハイカットミルで挽くとどうしてこれほど珈琲が劇的に美味しくなるのかと、ハイカットミルの回転部を分解してディスク状の歯の表面を見て、大きな衝撃を受けました。
多くのミルは「放射状」(フィン状)にギザギザの溝が付いているだけですが、このミルは向かい合う二枚のディスクのそれぞれに「放射状+同心円状」の複数の溝が付いているのです。
この素晴らしい工夫により、このミルの歯は、その向かい合う二枚のディスクを回転させると、合わさった面の歯のそれぞれの溝の複雑な凹凸が驚異的な「シンメトリック造形」の如く見事に有機的に噛み合い、かつ、歯の高速回転による遠心力で豆が二枚のディスクの間を中心部から外周方向へ移動して行く動きを上手に利用することで、このミルは豆を「縦」にも「横」にも切る事が出来るようになっており、いわゆる「賽の目切り」を実現していたのです。

しかも、ミルの歯に触ってみて更に驚きました。何と爪をこすると爪が削れるほどに鋭利かつ高硬度であり、既に「歯」ではなく、まさに鋭い「刃」の作りなのです。
その計算され尽くした見事な美しい「二枚の刃の動き」と、まさに切削刃的な「切れ味の凄さ」を目の当たりにして、これなら珈琲が劇的に美味しくなるのも「当然の帰結」と思わず納得し、その特許レベルの創意工夫とミル刃の硬度&精度に心から感動しました。

もし仮にハイカットミルで出せる味を「80点」と仮定して比較した場合、セラミックミルC-90の味は「15点」、ナイスカットミルは「60点」、ニューカットミルは「65点」と言う印象です。

カリタ・セラミックミルC-90は、とても小さな「にぶい臼型の歯」を搭載しています。
そのため上で述べたように豆を狭い隙間の中で圧縮しながら「臼でにじり潰す」感じになるため、珈琲を淹れても「全体が微粉」のような、極めてぼやけた不鮮明な味にしかなりません。
さらにセラミックミルC-90は、セラミック歯ゆえに陶器製特有の「カリャカリャリャリャ」と甲高くひどく安っぽい挽き音がして雰囲気も台無し、これではせっかくの優雅なはずの珈琲タイムも興ざめしてしまいます。

また、カリタのナイスカットミル、ニューカットミル、シルバーカットミルのような「フィン型の刃」のミルは、豆を縦に一度だけ薄く削ぎ切りする感じになりますので、豆の端と中央で破片のサイズ(粒度)が全く揃わず、味の輪郭線がシャープでなく、ピントが滲んだ味になってしまいます。
ハイカットミルの味に比較しますと、明らかに粒度に精度が足りていない印象です。
実際、例えるなら「デジタル放送の高精細ハイビジョン画質」と「アナログ放送のブラウン管テレビ画質」の違い位に、解像度や輪郭のシャープネス、色再現性等における大差があります。

世の中の「自称珈琲マニア」は、ミルを選ぶに当たり、「業務用ミルだから高性能のはず」だとか、「やはり海外ブランドミルが優れている」だとか、「新型ミルの方が改良進歩しているはず」だとか、全く的外れであやふやな表象的イメージや稚拙な観念論で自説を主張し合ったりして悦に入っているようで、どうやらミル選びにおいても何が一番肝心で大切な事なのか全く見当さえ付かないようです。

繰り返しますが、ミル選びで一番最初にチェックすべき事は、言うまでもなく「歯の性能(形状と硬度)」なのです。
まずは一度、ぜひインターネットで「カリタ ミル 刃 比較」等のキーワードで検索して、「ハイカットミルの刃の実物画像」を他のミルの歯と比較確認してみることを強くお薦めします。
一見して、刃の「作り」「構造」「複雑さ」が単なるフィン型と全然違い、如何に高額なコストをかけて「理想の刃」を製造しているかに気付いて頂けるはずです。

また以前、とある自家焙煎店が自店の馬鹿高い海外製ミルの「歯の交換作業」を画像付きでブログ等に乗せていましたが、その画像をよく見たところ捨てる古い歯はすっかり歯の角が丸まってしまっていて、馬鹿高い価格の割にその「作りのやわさ」「金属の低質さ」に驚いた事があります。
おそらくはその馬鹿高い価格の大部分は「輸入代理店の過度の利益」が占めているのでしょう。
しかし、ハイカットミルの刃はまさに「超超合金」とでも言うべき凄まじいほどの超硬度ぶりであり、実際にヤスリを使って硬度チェックを試みましたが、安物の金ヤスリ等では全く傷一つ付けられませんでした。
実際、刃の耐久性は「ほぼ半永久」だと感じます。

また、時折、「高速回転する電動ミルは豆が熱を帯びて香りが飛ぶから良くない。だからゆっくり挽ける手動ミルがいい。」などと、どこぞで聞きかじった話を得意顔で言う人がいます。
しかし、それはあくまで一度に1kgとかの大量の珈琲を粉にする店舗等での挽き売りでの話でしょう。
高速ミルの連続動作が数分も続けば、確かに出て来る粉も香りや味に顕著な悪影響が出るほど熱くなる事はあるかも知れません。

ですが、一般家庭で一回に挽く珈琲の量はせいぜい20~50g程度、ミルの回転時間もわずか十数秒ほどでしょう。これでは熱くなる間など一切ある訳がありません。
むしろ手挽きミルで長時間のんびり挽いていれば、粉になった珈琲は挽いた先からどんどん香りが揮発を始めますので、多めに点てる時などは好ましくありません。

やはり一瞬で挽ける電動ミルの方が圧倒的にお薦めです。
ただし、1万円以下の電動ミルは摩擦が多い「臼タイプ」の歯を使っている物が多く、しかも歯のサイズが小さいため時間がかかり、わずか数10gの粉砕でも加熱しやすいようです。
やはり、この点からも是非ある程度大型で作りの良い5万円以上の高性能な電動ミルを強くお勧めします。

安いミルを使うと言う事は、せっかくの珈琲をわざわざ「まずくしている」と言う事に他なりません。
ですが逆に言えば、良いミルに変更するだけで、本人のドリップ技術とは一切関係なく、即座に、確実に、数段は珈琲を美味しくできます。
大切に使えばミルは20年位は余裕でもつようですので、購入は早ければ早いほど良いと思います。

それと、珈琲豆の計量にメジャースプーンを使うのは絶対に禁物です。
よく、すりきり一杯で10gとかの物が出回っていますが、同じ豆一粒でも、水分が多い浅煎り珈琲は「意外に重く」、カラカラになるまで長く煎った深入り珈琲は水分が飛んで「非常に軽い」のです。
通常、浅煎り豆は少なめの量で淹れ、深入り珈琲は多めに量を使うのが美味しく淹れるコツですから、これではまったく真逆の結果になってしまい、まずい珈琲しか淹れられなくなります。
また、同じ豆一粒でもピーベリーやイエメンモカ等は小粒で、ハワイコナEXやマンデリン等は大粒である傾向があります。ですから同じ「すりきり一杯」の豆を入れたつもりでも、豆同士の隙間が狭くなる小粒豆は「多め」に入り、隙間が大きく開いてしまう大粒豆は量が「少なめ」になります。
また、上手な直火焙煎は豆の膨らみが適度ですが、熱風焙煎はやたらと豆がプックリ大きく膨らみがち(すぎ)になります。
ですから、豆の体積ではなく、「重量」を計らない限り正確な豆量は絶対に計れません。結果として、美味しい珈琲は絶対に淹れられません。
もし本気で美味しい珈琲を飲みたいなら、当たり前ですが豆量計測には絶対にデジタル計量器を使う事が必要です。

なお、珈琲マニアを自称していながら、よもや挽かれた「粉」や「ドリップバッグ」や「ポッド」の状態で珈琲を買っている人は、まさかいないと思いますが、万一そのような不徳の人がいるなら、即刻、今日中に「絶対にミルを買うべし」です。

同じ珈琲なら、粉で買うより、豆で買って自宅で直前に挽いた方が圧倒的に美味しいです。冗談ではなく、珈琲の美味しさは「粉」にした瞬間から揮発し、酸化し、半日と持ちません。
中には、アルミ包装とか真空パックとか窒素充填とかで品質保持しているなどと言う「粉」商品もありますが、すべて長期の流通在庫を正当化したいためだけの姑息な言い訳に過ぎません。

良いミルの所有は「客側の絶対義務」なのです。
客としての最低限の「義務」も果たさずに、美味しい珈琲が飲みたいなどという「権利」を主張するような間違いがあっては決してなりません。
それは「切符も買わずに電車に乗せろ」と言うのと同様の恐ろしくルール無視、極めて愚昧で不遜な所業です。

念のためもう一度言いますが、くれぐれも「ミルにだけは金をかけるべし」です。それだけの「見返り」が必ずあります。
そもそも口先ばかりではなく、本心から美味しい珈琲を飲みたいと思っている真の珈琲マニアの方であれば、最低でも5万円以上する「さいの目切り」カットタイプの電動ミルの所有は鉄則中の鉄則ですし、絶対の必須最低条件だと思います。
なによりそれは、素晴らしい逸品豆を提供してくれる生産者や一部の焙煎者の方々に対する最低限の「礼儀」でしょう。


また、抽出器具は、僕は普段は「ネルフィルター」抽出です。
珈琲初心者の頃はペーパーフィルターから始め、数年間ずっとペーパーを使っていましたが、ある日、一度ネルを使ってからは、それ以降すべてネルになり、二度とペーパーには手が伸びませんでした。
それ位に味の次元が違うと言うことだと思います。

ただ、最近になって「円錐ペーパー」が目立って出回るようになり、少し気になってはいました。
そこで一応2010年に入ってから円錐ペーパーを導入し、ネルと平行しながら半年以上使ってみましたが、結局、やはりネルに戻ってしまいました。

円錐ペーパーは、旧来のカリタ式やメリタ式よりも抽出速度に自分の意思が反映しやすいうえ、内径が「真円」ですので注湯操作が完璧な形で出来るので、その分、味も美味しく仕上がるのですが、やはりペーパーは味がくっきりする代わりに底が浅くて飲み口が薄っぺらになります。
それを解消しようとペーパーに針で穴を開ける人も極一部にいるようですが、結果は最悪です。試したら味が乱れてはっきりとまずくなりました。

目の前に、円錐ペーパーとネルの用具が両方並んでいると、ついつい無意識のうちに「ネル」の方に手が伸びてしまいます。やはり両者の作り出す味には埋めがたい決定的な大差があると言う事です。結局、円錐ペーパーの出番はすっかりなくなりました。
ただし、10~20回以上も使って煮沸しても目詰まりが酷くなった古いネルを使う位なら、まっさらな新品の円錐ペーパーを使う方が味は明らかに上です。

なお、もしペーパーを使う場合は絶対に真っ白な「酸素漂白タイプ」を使う事です。
無漂白の茶色いクラフト風「みさらしタイプ」はダンボールのような紙の匂いが強くて全く駄目で最悪です。あの臭いは事前の湯通し程度では全く消えません。

また、抽出時には絶対に、一回一回、必ず「温度計」と「タイマー」を使うことです。
よく沸騰後に一分くらい置いた湯を使うのがコツだなどという人がいますが、気温や湯量は毎回違うのですから、単なる「勘」などで湯温の正確な把握など全くできる訳がありません。もし湯温が2℃も違ってしまえば、味に対する影響は想像以上に大きなものとなります。

一日で何十杯もドリップするプロならその日の気温や湯量を常に管理下に置けるとは思いますが、そうでないアマチュアは「温度計」と「タイマー」を絶対に毎回使うべきです。
もし、珈琲マニアを自称しながらも、抽出に当たり毎回「温度計」と「タイマー」を使わない人がいたとしたら、味にこだわっているふりをしながらも実はひどい味覚音痴であることの「馬脚が現れている」としか思えません。
そんな適当でいい加減な抽出をする人には、珈琲の味を語って欲しくないものです。

ちなみに一言でネル抽出と言っても、製造メーカーやネルの素材や形により、味の仕上がりはすべて「想像以上に全くの別物」になります。
一般に良く見かけるカリタやハリオ等は、綿100%のうえやや布が薄くて硬いタイプであり、起毛もさほど目立ちません。これらでドリップしますと、どちらかと言えば無難というか、フィルターの特徴の出ない味になります。

僕が、真にネルの凄さと偉大さに衝撃を受けたのは、「マルタ」(丸太衣料)の両面起毛ネルフィルターと出会ってからです。
初めてこのネルフィルターを使って抽出した珈琲を飲んだ時の凄まじい美味しさの衝撃は、今でも鮮明すぎるほど鮮明に覚えています。
わずか数百円のフィルターの違いが、これほど大きく珈琲の味を左右する事実に、正直、強いとまどいを隠せませんでした。

マルタのネルは触ると判りますが、とてもフカフカで滑らかで非常に柔らかく、起毛がとても豊かで厚みが他製品の二倍以上はあります。
このフィルターの最大の特徴は、「両面に豊かな起毛がある」事と、素材に「綿(80%)とポリエステル(20%)の混紡」が使われている二点です。

おそらく、超絶の美味しさの秘密はこの二点にあるのでしょう。
珈琲の美味しさの成分は「揮発性」「水溶性」「脂溶性」に分かれます。
よく言われる事ですが、ペーパー抽出は「脂溶性」の成分(コーヒーオイル)を通さないので、味が痩せて美味しくないとされ、ネル抽出やフレンチプレスはコーヒーオイルも通すので、コクがあって美味しいとされています。
ですが、それでは同じネルフィルターなのに、メーカー次第でこれほど美味しさが激変する理由が説明できません。

ちなみに、「水と油」は非常に仲が悪く、そのままでは決して交じり合いません。
そのため、ここが肝心な点ですが、一般のネルフィルターで抽出した珈琲はカップの表面にコーヒーオイルの大部分が「分離して浮いている」状態になっているのです。

その結果、最初の一口で表面に分離して浮いていたコーヒーオイルを飲み切ってしまうと、後はただただ「水溶性成分」だけを別に飲む事になります。
オイルによるクッション感のない珈琲は、悪い意味で水溶性成分が「剥き出しのままの味」になり、なんとも味が薄っぺらく、四角く、落ち着かず、トゲトゲしく感じられます。
「水溶性と脂溶性」成分の二者がバラバラで、ほとんど相互補完をしないのです。

これではせっかくコーヒーオイルを抽出しているのに、味の面でほとんどプラスに生かせていない事になります。
ほとんどの自称珈琲マニアの方は、カップにコーヒーオイルが出ればそれでOKと考えているようですが、それではまだ道程の「半分」でしかないのです。

この点、マルタのネルは、フカフカの起毛がとても豊かで厚みが他製品の二倍以上はあります。
さらに弾性があり水切れの非常に良い「ポリエステル繊維」を混ぜる事で、厚みがあっても液体の通過スピードが非常に速いのです。
そのため、その豊かな起毛の厚いフィルター層を珈琲液が高速で通過する際に、複雑な繊維毛の中で「水溶性」と「脂溶性」の成分がミクロの世界で十分に混じり合ってから出て来るのだと思います。

つまり、珈琲が「乳化する」のです。
「乳化」とは、本来はお互いに決して混じり合わない液体の一方を微粒子にして他方に分散させる事です。
要は、コーヒーオイルがコーヒー液の表面に「浮いてしまう」のではなく、コーヒー液の中に「均一に分散する」と言う事です。

だからこそ、これほど「美味しさが違う」「口当たりが良い」珈琲に仕上がるのだと思います。
珈琲の「水溶性と脂溶性」成分がきちんと乳化して混じり合い、コーヒーオイルが液中に均一に分散して醸された時の味わいは、まさに「別格」です。
「乳化珈琲」ならではの飲み口の「厚み」と豊かな「量感」、非常に滑らかで伸びやかな「まろやかさ」とスムーズな「コク」のある舌触りに「間違いなくこれがネルの完成形の味だな」と確信ができます。

あくまで個人的な見解ですが、ネルフィルター抽出の醍醐味とはこの「乳化作用」にこそあるのだと確信しています。
その意味では、他社のネルフィルターは、マルタの味と比較しますと、正直「ペーパーよりはやや良い程度」と感じてしまいます。

ただし、マルタのネルフィルターは起毛が厚いせいか、目詰まりが起きるのも早い方です。真に美味しいのは最初の5回程度まででしょう。
使用が10回程度を過ぎると、目詰まりによりはっきりと濾過スピードが落ちて、味もずいぶんと濁って来ます。もうこうなると美味しい珈琲は全く淹れられません。
毛足が長いせいか微粉は抜けづらいようで、こまめに煮沸してもさほど寿命は延びない気がします。

また、極まれにですが、裁縫などに使うネル生地を適当な大きさに裁断し、「平たい布のまま」使ってペーパー用のドリッパーや茶漉しなどに折り畳んで装着し、「安くて簡単なうえに、珈琲専用の袋状のネルフィルターと変わらない味が出る」などと言う人がいたりします。
僕も何度か試してみましたが、出来上がった珈琲は「最悪のまずさ」でした。
布の折り目やヒダの重なりが湯の対流を乱すうえ、珈琲の濾過層に薄い部分と厚い部分が出来るため、味の出方がバラバラになり、全く味がまとまらずグチャグチャに破綻して出て来るのです。
それは想像以上の「まずさ」なのですが、それを「同じ味」と言う人がいるのですから、世の中には、信じられない味覚の人がいるものです。
「湯」というものは決して均一には流れません。「少しでも流れやすい方へより多く流れる」という習性があります。
つまり、ネルの生地がダブついて二重三重になってしまっている部分は「湯が流れにくく」なるのです。当然、その周囲の珈琲粉は他と比べてお湯が通過しにくくなり、結果として「抽出不足の味」になります。
逆にネル生地が一重の箇所はそこだけ集中的に湯が通ってしまい、その周辺の珈琲粉は全体の中で「過抽出の味」になってしまう訳です。
結果として、当然ですが味も香りもバラバラな出方をした「帯に短しタスキに長し」の味だけがカップに注がれることになり、「不協和音だらけの最悪コンサート」のような酷い味の珈琲が現出する事になってしまうということです。

この点、カリタやメリタのペーパードリッパーも同じ欠点があります。
これらは内径が楕円であり、「真円」ではないため、どうしても湯の流れに歪みが生じ、珈琲の濾過層の厚みも均一にならず、味が乱れてしまいます。
つまり、ドリッパーの中で珈琲粉の形成する濾過層の厚みが均一にならず、薄い部分と厚い部分が出来てしまうため、結果として当然ですが「抽出不足」と「過抽出」という忌み嫌うべき悪い味同士がゴチャゴチャに混ぜられた味になると言う事です。
この点、完璧な真円を形成する円錐形のフィルターであればそういう問題は起こりにくくなります。実際、同じペーパーでも円錐形のフィルターと比較しますと、カリタやメリタは、はっきりと「まずく」感じられます。

どうやら、湯の動きや流量が一切乱れない完全なる「真円」型に形成されたフィルターを使わなければ、完全な味の珈琲にはならないようです。
ドリップの工程で起きる対流や抽出の現象は、僕達の想像以上に非常にデリケートな現象だと言う事なのでしょう。

それにしても、これほど珈琲の味を簡単に大きく左右してしまう「フランネル・フィルター」について、もっと珈琲業界全体で熱心な研究開発や啓蒙活動、新製品の発表などがあってしかるべきと思うのですが、昨今の珈琲業界では「ネル」が話題に上る事さえほとんどないようで、なんだか不当に片隅へ追いやられている感じです。
大きな利益にはつながらない数百円程度のグッズは、取り上げても仕方ないと言う事なのでしょうか。

ですが、珈琲液を「乳化」させること、この一点において「ネル」の代替品は存在しません。
逆に「ペーパーフィルター」や「フレンチプレス」は1000年経っても「ネル」に追い付けない構造上の決定的な弱点を持っている事になります。

「乳化」は極めて基本的な調理法の一つです。
珈琲の抽出もまた「料理」であり「調理」なのです。
この事を常に忘れないで欲しいものです。

また、「フレンチプレス」(コーヒープレス、カフェプレス)も使った事がありますが、どうやっても、何度やっても、60点以上の味にはなりません。
逆に言えば、誰でも簡単に60点位の味は出せる、と良い方へ考えるべきかも知れませんが、100点の味を希求するマニアが使うタイプの抽出具では絶対にありません。

フレンチプレスを使ってみると、その欠点がすぐに判ります。
まず、湯を注いでも珈琲粉が浮き上がってしまい浸漬が不十分、竹べら等で無理に沈めようとすると液が混濁してしまう、濾過層が出来ない、微粉でザラ付く、ステンレスプランジャーの嫌な金属臭さが付着する、アクが溶け込み珈琲をアクごと飲む事になる、抽出後も底部で浸漬が続き過抽出臭くなる、抽出液が濁って見た目が汚らしい…などなど、いろいろと我慢ならない不満があります。
注ぐ湯の温度指定が「90℃~95℃位」なのもあまりにも熱過ぎて不適切です。もし95℃などの熱湯を注いだら珈琲粉が煮えてしまって、じっとりと蒸れ過ぎたような厭な味になってしまい、煮詰まったようなネチネチした膠状の悪い舌触りも出て、とても不味くて飲めたものではありません。

ですが、中でもフレンチプレスの最大の欠点は、抽出時に「珈琲の味を一切取捨選択できない」と言う事です。
まるまる漬け込む方法では、良い味も、悪い味も、一緒になって抽出液の中へ出て来てしまうのです。
抽出は「良い味を抽出する」だけではまだ半分なのです。「悪い味を出さない」ことも出来て、初めてやっと完全なのです。
肉料理でも魚料理でも野菜料理でも、最高ランクの美味しい一流料理になればなるほど、素材の負の部分はすべて料理中に除外し、素材の「一番美味しい部分だけ」を厳選して取り出して出して来ます。
だからこそ他の一般店より「圧倒的に美味しい」のです。これは料理作りの基本中の基本です。

中には、「スペシャリティ珈琲なら悪い味は含まれていない」などと「客を馬鹿にした大嘘」を平然と付く悪どい珈琲店もあります。
そのようなこの世に存在しない「理想の絵空事」を語るのは、夜の眠っている間の「寝言」だけにして欲しいものです。

また、何より重要な事は、この欠点はフレンチプレスは「珈琲の味作りに何の工夫も調理もできない」と言うことを意味しています。
つまり、珈琲のキャラクターを構成する各要素、つまり「酸味」や「旨み」や「苦味」や「トロ味」などなど、自分の出したい味と出したくない味を選べず、それらの「ウェイト配分=最後の仕上げの味作り」も一切できないと言う事です。

くれぐれも強く申し上げますが、珈琲の抽出は「味作り」そのものなのです。
僕は、新しい豆を初めてドリップする時は、自分で考えた「スペクトル分析抽出法」を実行しています。

「スペクトル分析抽出法」とは、具体的には、エスプレッソ用の小さなカップを7つ用意して横一列に並べ、ネルドリップしながら順次移動して、それぞれのカップに25秒ずつほど珈琲液を順番に落として行く方法です。
珈琲ドリップの常識ですが、蒸らしの後、ドリップの最初はその豆の持ち味のうち「酸味」がメインに抽出されます。
続けて時間の経過や抽出量の増加と共に、「酸味」→「旨味」→「甘味」→「香り」→「苦味」→「渋み」→「えぐ味」と順番に味が出てくるのです。

ですから、ほぼ25秒ずつ移動させながら珈琲液を滴下させた7つのカップを飲み比べますと、最初のカップは「酸味」が強く、中ほどのカップは「旨味や甘味」がメインとなり、その後のカップは「苦味」が強くなり、最後のカップは「渋味やえぐみ」がメインになってまずくて飲めないものになります。
もちろん豆の銘柄やロースト度、湯温やミルの粒度などによって違いはありますが、このように時間軸で分けて7つのカップに注ぐ事で、その豆の個性やプロフィール、美点や欠点、抽出温度や時間の最適ポイントなどが把握できるようになるのです。
というより、こうしない限り、その豆の正確なプロフィールは把握できないはずです。
3分間、一つのカップの中にまるまる抽出してしまっては、いつどこで、どんな味が出ていたのか、一切判りません。
もし酸味が強すぎるなら、その酸味は抽出開始後のどのあたりで出ていたのかとか、もし苦味が強すぎるならその苦味は抽出開始の何十秒後あたりで出ていたのかとか、気になるある特徴的な香りがあるなら、その香りは抽出開始の何十秒後あたりで出ていたのか、などなどが完全に把握でき、全て判ったうえで、初めて「本抽出」に臨むべきなのです。

それらがすべて把握できて、初めて、その豆の「美点」をより一層伸ばし、「欠点」は出来る限り少なくするドリップ法が可能になるのです。
つまり、その珈琲が、もし「酸味」が強すぎて邪魔に感じる豆なら最初の方の滴下は捨てるなどし、もし「甘味」をもっと出したい時は中盤の湯量を多くするなどし、もし「苦味」がまずいと感じる豆なら途中で湯温を下げたりドリップを意図的に早めに切り上げるなどし、また「本来の香り」がしっかりと出尽くすポイントを把握するなど、それぞれの豆を美味しくするための「最適なる調理」としてのドリップを実行するということです。
逆に言えば、それらのことも判らずに、まともな抽出は絶対に不可能です。

また、珈琲本来の「香り」の多くは、意外にも後半の方になって出てきます。
ですから、もしドリップを1分半など手早に切り上げてしまうと、その豆の本当の香りはほとんど抽出されません。
そういう淹れ方をされた珈琲の多くは、豆の表面に付着していた「燻り臭さ」だけが強調された、イガイガした煙臭い激マズの珈琲となります。
例え浅煎豆だとしても、せめて2分以上はしっかり時間をかけてドリップしないと珈琲の本来の香りはほとんど抽出されません。
しかし、自称プロの珈琲店の中にも、面倒臭いのかやたらとドリップを手早に切り上げて、実際にそういう「煙の臭いしかしない」酷い激マズ珈琲を鼻高々で出して来る酷い勘違い店が少なくない現実に驚き、呆れてしまうことが少なくありません。
それは焙煎のいぶり煙の悪臭なのですが、店主さんは珈琲本来の香りも味も判らないのか、その酷い煙臭さを「珈琲の香り」だと完全に錯覚してしまっているようです。

繰り返しますが、珈琲の抽出は「料理」であり「調理」なのです。
ですから、フレンチプレスのように何の工夫もなく粉をそっくりまるまる漬け込んだ形で出される珈琲は、まるで一切の調理を経ずに「素材」のまま出されているようで、飲んでみても「作り手の意思が全く感じられない味」なのです。
そういう匿名的で中途半端な珈琲は、まだまだ「未完成品」というか、手抜きの「出来損ない」というか、そもそも料理とは思えず、味以前の問題として、わざわざ評価や鑑賞を行う対象にすらなり得ないと思ってしまうのです。

もちろん、フレンチプレスでは美味しい珈琲の抽出で一番肝心な、水溶性成分と脂溶性成分の大切な「乳化」も一切起きません。
そのため金属フィルターに特有の、なんとも四角く、落ち着かない、どこかトゲトゲしい味に感じられます。
悪い意味で「剥き出しのままの味」であり、まるでまだ製作途中で「最後の仕上げのひと手間」を忘れて出された未完成のままの料理のようです。
また、フレンチプレスで淹れた珈琲には、血中のコレステロール値を上昇させる「カフェストール」と言う有害な成分が残りやすいと言う欠点もあります。

時折、「フレンチプレスは、プロがテイスティングする際のカッピングに最も近い抽出方式だから、最も美味しい珈琲の抽出法である」などと、どこぞで吹き込まれた、もしくは、聞きかじった話を、そのままそっくり「鵜呑み」にしている人がいたりしますが、まさに「笑止千万」とはこの事でしょう。

カッピングは、さまざまな農園の豆の本来の持ち味のみをチェックできるよう、「全くの同一抽出で比較する」と言う目的で、カップに砕いた豆を入れて単純にお湯を注ぐと言う抽出形態を採用しているだけです。
逆に言えば、豆の個性や適性をすべて無視し、抽出における一切の工夫をしないと言う事であり、それが「珈琲を最も美味しく抽出する最善の方法」ではない事は、あきれる位に自明の事です。

まれに「プレスで淹れたら今までの珈琲よりおいしくて驚いた」等とか言う人もいますが、それは「プレスが美味しい」のではなく、今まで飲んでいた珈琲が「あまりにもまず過ぎた」だけだと思います。
おそらく今までのドリップ法は「ひどい間違いだらけ」で、特に「無漂白のみさらしフィルターを使っていた」「先細のドリップポットを使っていなかった」「蒸らしやのの字注湯が出来ていなかった」などなどの致命的なミスが非常に強く疑われます。

また、フレンチプレスで淹れた珈琲は微粉で濁りまくり、どうしても「品」や「格」と言うものが感じられません。
自宅で一人で自分用に飲むならまだ良いのですが、大切な来客に出す珈琲や、高いお金を取る一流店の珈琲としては、やはり「NG」という気がしてしまいます。
逆に、キャンプ場や山小屋などで飲む、荒削りで野趣あふれるシチュエーションにおいては、プレスで淹れた珈琲は面白いかも知れません。

ただし、キャンプ場などで珈琲を飲む時も、わざわざフレンチプレス等を持参しなくても片手鍋と茶漉しアミがあれば十分に同じ原理で珈琲が淹れられます。いや、同じどころか片手鍋の方がフレンチプレスなどよりも、遥かにずっと美味しく淹れられます。
鍋に湯を沸かし90℃位になったら、珈琲粉を静かに入れます。珈琲粉は湯の表面に浮いてしまいますので、スプーンの背で粉をゆっくり静かに押し沈めます。3~4分経ったら、鍋をゆっくりと傾けて茶漉しで漉しながら珈琲をカップへ静かに注いで出来上がりです。
なお、3~4分の抽出中、もし冬などで気温が低い時は、時々コンロを極弱火で一瞬だけ点火したりして保温します。
この方法の最大の利点は、鍋の直径がプレスの直径より数倍も大きいため珈琲粉がよく沈み浸漬が十分に完了する事、そして注ぐ際にプランジャー(金網)を押し下げる必要がないため珈琲液をさほど混濁させずに済む事です。

プレスで珈琲を淹れるとすぐ判りますが、湯の表面にほとんどの珈琲粉がゴッソリと固まって浮いてしまったままで、時間が経っても粉のガスがなかなか抜けず、沈まないため「粉の半分も浸漬しない」のです。
最初に少量の湯だけ注いで30秒位待つ「蒸らし」のような事をしてみても、あまり効果はなく無駄です。
つまりフレンチプレスと言う物は、浸漬法であるにも関わらず、珈琲粉が湯に十分に浸漬せず、そのままだと長時間待っても十分に味が抽出されないという酷い欠点があるのです。
だからと言ってスプーン等で粉をグルグルかき回してしまうと、味もグチャグチャに混濁してしまい、ひどい苦味とエグ味だらけのトゲトゲした激マズ珈琲になってしまいます。

しかし直径の大きな鍋ですと、湯の表面積がとても広いですから、入れた珈琲粉が広範囲に広がりながら拡散し、遥かに湯に馴染みやすいのです。表面に浮いた珈琲粉も薄い層になっていますから、スプーンの背で軽く静かに押すだけですぐ素直に沈みますし、何もしなくても1分もすればほとんどの粉は次第にガスが抜け、自動的にきれいに沈み「浸漬」されます。

また、プレスですと、カップへ珈琲を注ぐ直前にプランジャーを押し下げるため、せっかく沈んでいた珈琲粉を再び一面に舞い上がらせ、珈琲液をわざわざ「酷く混濁」させてから注ぐ事になります。
これでは舌触りは悪くなり、味も濁りまくり、見た目も汚らしく、何ともガサツな珈琲になってしまいます。
しかし、片手鍋であれば、鍋をゆっくり静かに傾け、茶漉しアミを通して粉を濾過しつつ、静かに珈琲液をカップへ注げますので、鍋の底に沈んでいる粉を舞い上がらせる事もずっと少なくて済むのです。
その結果、液の濁りも、味の濁りも遥かに少なく、ずっと美味しい珈琲に仕上がる訳です。

ただし、ステンレスやアルミの片手鍋では、珈琲に金属臭さが移ってしまいますので、僕は琺瑯製の雪平鍋を購入して、今でもごく時々ですが、気分転換にこの「雪平鍋浸漬法」で抽出をする事もあります。
実際、同じ「浸漬方法」で珈琲抽出をするなら、フレンチプレスなどよりも、この行平鍋抽出法の方が、味がくっきりと濃く、遥かに風味が濁らず、ずっと液も澄み、数段は美味しく仕上がります。

ちなみに、欧米の抽出法ではフレンチプレスが普及していると言う人もいますが、それは焙煎法においても欧米では直火式焙煎機は壊滅状態で熱風焙煎機が当たり前であるのと同じ理由ではないでしょうか。
つまり、味の追求よりも「珈琲の取り扱いのユニバーサルデザイン化」と言う一点に於いてのみ、それらが普及しているのだと思います。

つまり、鰻や焼き鳥を調理するなら「炭火」が最上である事は常識中の常識な訳ですが、現実には、炭火よりずっと扱いが簡便で難しい技術の要らない「ガス焼き」や、誰でもボタン一つで手軽に焼ける「電熱焼き」が、ずっと味は落ちるものの広く普及しているのと同じ現象だと思います。

いずれにしても、100点満点の超絶珈琲を日夜希求し続ける真の珈琲マニアから見れば、フレンチプレスは「児戯に等しい」、いや「児戯そのもの」と思わざるを得ません。

また、金属製の「畳織茶漉し」を使用してドリップしてみた事もありますが、確かに布や紙のフィルターと違い、フィルターに吸着されてしまう物がなく、味の成分もコーヒーオイルもそっくりそのままとてもストレートに出るのは良いのですが、ステンレスの嫌な金属臭が珈琲液に付着するうえ、やはり、金属の薄い網では、珈琲液がまったく「乳化」しないのです。

やはり、オイルによるクッション感のない珈琲は、悪い意味で水溶性成分が「剥き出しのままの味」「極めて即物的な味」になり、なんとも味が四角く、落ち着かず、ナマナマしく、トゲトゲして感じられます。
それでも、同じ金属フィルターのフレンチプレスよりは、「粉の蒸らしが出来る」「珈琲の濾過層が出来る」「アクが溶け込まない」などなど、遥かにマシな味には仕上がりますが。

この点、僕は「エスプレッソ」も大好きなのですが、エスプレッソの抽出もいわば金属フィルターな訳ですが、高気圧をかけて金属面の微細な穴から珈琲を蒸気とともに勢い良く噴出させますので、その激しい圧力噴出の際に「乳化」が起きているのでしょう。
実際に、9気圧抽出の本格エスプレッソは「乳化珈琲」ならではの非常に滑らかで伸びやかで、丸みとコクのある舌触りです。

「カリタ・ハイカットミル」と「マルタ・ネルフィルター」は、僕にとって「運命の二大アイテム」です。
正直な話、この二つに出会わなければ、世の中のほとんどの人がそうであるように、僕は珈琲の美味しさの「真の高み」を知らないまま過ごしていたはずであり、結果としてここまで深く珈琲の世界にのめり込む事もなかったと思います。

ついでに申し上げますと、ドリップポットは絶対に「ほうろう製」を使う事です。
ご存知とは思いますが、琺瑯とは金属の表面にガラス質の釉を焼き付けてコーティングしたものです。

僕はステンレス製や純銅製のポットも持っていますが、特にステンレスポットで珈琲を淹れると、珈琲に「金属臭」と言いますか、「金っ気」が付いてしまい、まずくて飲めなくなります。
特にステンレスポットを洗う際にスポンジ等で金属表面を強くこすってしまうと、てきめんに不安定な金属イオンが発生してしまいます。この金っ気は一度発生すると、いくら濯いでも容易には取れません。
そもそもどんな浄水や岩清水でも、ステンレスのコップやアルミの柄杓で飲むと、とっても金属臭くて、まったく美味しくないものです。

その点、金属と違って、琺瑯(ガラス質)は酸性やイオンに対して非常に安定していますので、いくらこすり洗いをしてもポットから金臭さが出る心配が一切ありません。
そのため、ステンレスポットはお蔵入りしてしまい、もう何年も使っていません。

大繁盛している喫茶店などでは耐久性に劣る琺瑯製のポットよりも丈夫なステンレス製を使っていたり、雰囲気最優先のカフェなどでは見栄えの良い銅製のポットを使う事もあり得るのかも知れませんが、味覚最優先の珈琲マニアが自分用途で使うなら「琺瑯製」以外にはあり得ないと思います。

また、上でも書いたとおり、もしペーパードリップをする場合は、絶対に真っ白な「酸素漂白タイプ」を使う事です。
無漂白の茶色いクラフト風「みさらしタイプ」はダンボールのような紙の臭いが強くて全く駄目で最悪です。あの臭いは事前の湯通し程度では全く消えず、とても飲めたものではありません。

加えて、台所や厨房で使う洗剤は、当たり前のことですが絶対に「無香料タイプ」を使うことです。
珈琲カップや抽出器具に安い人工香料の臭いが付着してしまっては、どんな極上珈琲も全く飲めた物ではなくなります。
と言うより、本当に嗅覚の優れた人なら、あの鼻が曲がるほど異常にどぎつい「花」や「果物」を模した下卑た強い人工香料の醜悪な臭いを嗅いで平気で居られるとは到底思えません。僕などひと嗅ぎしただけですぐに気持ち悪くなってしまいます。
安い人工香料入りの合成洗剤を家の中に置いておくこと自体が嗅覚の鈍い証拠であり、その時点で既に「珈琲マニア失格」だと思います。

ですので、本当に珈琲の味が判り、人並み以上に味覚が敏感な人なら、絶対に「金属地肌ポット」や「無漂白ペーパー」や「香料入り洗剤」は使わないと思います。
もし、得意になって珈琲趣味を自慢しながらも、ステンレス製のポットを愛用していたり、みさらし無漂白ペーパーを常用していたり、強い香料の合成洗剤を使っているような人がいたとしたら、その人は「実は非常に鼻も舌も鈍感な人」であり、「並以下の味覚しか持たない似非珈琲マニア」と思って良いと思います。


さて、焙煎度の話に戻りますが、世の中には「超浅煎り」となるライトローストやシナモンローストという物もあります。
「浅煎り」は大好きなのですが、これが「超浅煎り」になりますと、これまた今度は浅すぎて珈琲の魅力の全部を引き出していないと思いますし、珈琲らしい味にもなっていないと感じてしまいます。

また、先にも述べたように「ドゥミ・タッス」や「エスプレッソ」や「アイスコーヒー」は別です。
これらは逆にフルシティ以上に深く焙煎する必要があるのは言うまでもない事です。
ちなみに僕は「ドゥミ・タッス」も「エスプレッソ」も「アイスコーヒー」も大好きです。
エスプレッソは9気圧マシンを買ってその美味しさにとても感動し、その世界を極めたくなり半年間ほど徹底してエスプレッソしか飲まなかった時期もあります。

特に、「良く出来た深煎り豆」ならレギュラーではなく、ぜひドゥミタスやエスプレッソで飲んだ方が遥かに美味しいと思います。特にドゥミは深煎り豆と非常に相性が良いです。
時折、ドゥミタスを単なる濃くて苦いだけの少量の珈琲だと誤解している方もいますが、お酒で言えば「ワイン」と「ブランデー」位に、レギュラー珈琲とは根本的にまったく違うジャンルの珈琲です。
最高レベルのデミタスは、まさしく「コニャック高級ブランデー」に匹敵する存在です。めくるめく奥深く濃密な味わいと至福に包まれる長い味の余韻を楽しませてくれます。
飲んでいる時よりも、飲み終わってから口中に長らく続く甘い余韻の時間が、むしろ本命と言えるほどです。

ただし、それらはまず中央に「レギュラー珈琲」があった上での事であって、やはり「これぞ珈琲の魅力そのもの」「これこそ珈琲の王道を行く味」という究極の領域を求めて行きますと、やはり「レギュラー珈琲」でしか体験できないと思います。

なぜなら、口中いっぱいに湧き立ち、鼻腔にあふれ返る珈琲の素晴らしい芳香や、舌から喉へかけて幾重にも折り重なる繊細な味やニュアンスのすべては、珈琲成分を湯で溶き伸ばすようにしてある程度薄めに淹れないと出にくい(口中で展開しにくい)と思うからです。

珈琲は「やや薄め」に淹れる事で、味もきれいに展開し口中いっぱいに広がり易くなり、芳香も鼻腔内に豊かに立ち上がり易くなります。
そしてやや薄めに淹れる珈琲には「浅煎り」の豆が非常に相性が良いのです。
つまり、「焙煎」と「抽出」の両方で、浅煎りは珈琲豆の本来のキャラクターを最も生かすロースト法なのです。

素晴らしい逸品豆になればなるほど、その類まれなる芳香味を壊さぬようぜひ焙煎度は「ミディアム~シティ」であること。


それが日本一美味しい珈琲を見つけるための「第三歩目」になります。




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